テクノロジーの進化と人の在り方
テクノロジーの変化は、社会、文化を変え、人の在り方にも影響を及ぼします。
かつての常識は、常識ではなくなる等、人の常識、良識も変わり始めています。
(例えば、本来、言葉を発っして伝えるべきところを、文字だけで伝える等)。
(私が経験した非常識は、引っ越し会社からのお礼の電話が入っていたのですが、留守電には何もメッセージがなく、こちらから電話をして、はじめてお礼を述べられる。お礼であれば、留守電にもメッセージを入れてもいいように思いますが、私には、企業のこの態度、姿勢、在り方は理解出来ません)。
また、現在はAIを中心とする、第四次産業革命の初期、これから、5G回線の導入等により、様々なシステムが高速でつながり、私たちの生活にも大きく影響するでしょう。
それは、利便性の向上と共に、社会生活に混乱を招くかもしれません。
さて、私は現代のテクノロジーには。全く、ついて行っていません。
と言うか、背を向けたのです。
それは、いつからか
はじめて、スマホを見た時以降です。
私がスマホを見た最初の印象は、こんな、小さい画面をずっと見続けると、人はおかしくなるのでは?
と、直感的に感じました。
(実際、スマホの社会貢献度は多々あるのでしょうが、今現在スマホを使っていない私には無縁です。しかし、いずれ、スマホを持たないと社会生活に支障が出る時代が、数年後到来するでしょう)。
この直感は、今のスマホを中心とした荒れた社会、人々の荒れた心を即反映する社会現象に現れています。
でも、本当にスマホだけの影響で人の在り方、在り様は変わったのでしょうか?
テクノロジーの進化に伴い、働き方の在り様、経済格差(20年以上前から始まりつつありました)、生きることにおけるストレス、そのストレスの解消か、匿名性の高いSNSにおいて、他者の誹謗、中傷をはじめる。
(全ての方がこの事をされているとは思っていません。おそらく、限られた方が重複して行っているのではと思っていますが)。
何らかの方法で、強いストレスを発散したい気持ちは分かります。
社会生活においても、他者から心を傷つけられやすい時代であることも、分かっています。
しかし、だからといって、他者をSNS等で誹謗、中傷することは、正当化されないでしょう。
それ以外、スマホ及びSNSの問題は、出会い系の問題、詐欺師の横行、金でフォロワーを買い、良識のない金儲けをする、一部のインフルエンサーの存在等。
なぜか、人は新しいテクノロジーを前にすると悪用、騙されることが多いように感じます。
また、スマホの長時間の活用は、脳への悪影響があるのではと、多くの科学者が述べているようです。例えば中高年の物忘れ外来増。ネットゲーム依存。
(長時間のスマホの使い過ぎの問題であり、適度な使用であれば問題はないでしょうが)。
スマホを使っていない私からすると、その脳感覚は昔のまま、やはり、テクノロジーの進化、スマホ、SNS、人の在り様は変わったと感じます。
また、余談かもしれませんが、ドローン。
災害時等、上空からの無人による人の救援。
また、今まで見た事のないような、映像撮影等、素晴らしいテクノロジーのようにも思えますが、現実は兵器化され使用れています。
人の程度、これも一部の人でしょうが、人類に役立つ進化を、ほぼ、転用、悪用するのです。
一体、この連鎖を何回繰り返せば、目が覚めるのでしょうか。
さて現代は、時間に追われ、テクノロジーの進化に夢中(当然、便利さもあるのでしょうが、リスクも潜在します)、ぎすぎすした、余裕のない、社会と私達。
今、若い方(例えば、20代の方)にとっては、この現状を、当たり前の社会として認識されておられることでしょう。
でも、それは、昔、過去の日本をご存知ないからです。
30年前、私は20代でした。
のんびりとした、穏やかな社会でした。
パソコンも、ネットもない時代です。
ガラケーもありませでした(これは今振り返ると不便)。
でも、平和な時間を過ごした気がします。
また、仕事の収入ベースにおいては、皆、中流意識。
ワーキングプア、格差社会等、このような言葉が出現するとは、考えてもいなかった時代が、30年前の日本です。(現象としてはあったのでしょうが、大問題化はしていませんでした)。
私は30年前、20代で良かったと実感しています。
まぁ、あまり、昔を懐かしんでも、意味はないでしょう。
私の記憶、心の思い出として残っていれば良いだけのことです。
なぜなら、時代を逆行することは、不可能だからです。
さて、30年前のことを少し書きました。
話しは変わりますが、30年後の未来を考えてみましょう。
明るい未来を想像出来ますか。
それとも、悲惨、絶望の社会の予感でしょうか。
30年後、さらに、テクノロジーは進化しており、脳科学、社会技術、AIの精度は、想像出来ないでしょう。
私は心理学、心理カウンセリングにおいては、30年後は脳科学の進化により、様々な心の病気(精神疾患)等の治療方法も進化。
心理カウンセラーの役割は、心、感情の機微に寄り添う、傾聴を主とする、カウンセラーのみが存在し続けるような気がしています。
しかし、30年後、または、それ以降の社会を大局でみれば、あまり明るい社会の到来とは、私には思えません。
行き過ぎたテクノロジーの進化、特にAI。
ホーキング博士は、AIによって、人類は滅ぼされると予言されました(NHKより)。
ある、ロボット工学者は次のように、述べておられました。
「AIも感情を持つ時が来るでしょう。それは、私たち人類とは、別次元の感情です」。
感情を持つということは、意思を持つことと同義です。
したがって、AIは私たちの制御不可の状態となり、私たちと共に存在することも、予想されているのです。
私たちと、AI(どのような形、タイプのAIか想像も出来ませんが)、共存出来るでしょうか。
他にも、戦争(ここにもAI兵器が危惧されます)、または、自然災害の多発により追い詰められる。
テクノロジーの進化は、これからも、人の生き方、在り方を変え続けるでしょう。
(残念ながら、30年後の人の在り様、意識の変化は、私には分かりません)。
しかし、行き過ぎたテクノロジーの進化の危険性、また、テクノロジーを開発する企業、私人の利の独占状態は格差社会を増大させ、その結果を受け、私達、全人類の波動(思考)、平等意識、分かち合う心等を上昇させない限り、行きつく所まで、行ってしまうでしょう。
30年前の社会から、いきなり、30年後の社会を、私なりに勝手に書いてしまいましたが。
テクノロジーの進化と、私達の在り様は、私達を取り返しのつかない社会、未来へと、必然的に私達を導くのかもしれません。
平和と平穏な社会と未来を祈ります。