転勤から半年 人間関係の失敗からストレス

春鷹君は大手メ−カ−の総務課中間管理職です。
彼は最近過剰な心理的ストレスを抱き、この9月に来談されたのでした。

いつ頃からからストレスを感じているかと言いますと、5月頃からだそうです。
春鷹君によると原因は、この4月社内異動により東京本社総務部から関西支部の総務課課長代理として昇格後転勤、その後不眠、飲酒と生活リズムや生活態度の乱れが生じはじめたらしいのです。

そして、ストレスの大きな原因は、周りとの人間関係に疲れたからだそうなのです。

では、なぜそんなに周りとの人間関係が疲れるのか訊ねたところ「何でも自分がしなくてはならずしんどい。新しい上司は今ひとつ頭が悪いし、部下3名の女性はペチャクチャお喋りは多いが仕事は出来ない、嫌になってくる。周囲が無能揃いだからだ」これが彼の言い分です。

どうも、彼の言い分を聞いていると、周囲の能力の低さに嫌気がさし、自分が何でもしなくてはならず、仕事を背負いこんでいるようです。
しかし、本当に彼の言うように彼の周囲の人達は仕事における能力が低いのでしょうか。
これについてはひとつひとつ検証をしなくてはなりません。

まず、上司についてですが何をもとに頭が悪いと言っているのでしょうか。

春鷹君は「課内における業務改善提案をしても、上司は取り合ってくれない。話しをしても無駄と思う、だから必要以外は話ない」のだそうです。
更にいろいろと質問をすると提案をしたのは1回だけで、その1回の提案を受け入れてもらえなかったので、理解力のない上司とは話さないと決めつけたのです。

また、部下の女性3名について詳細を訊ねたところ、結局は彼が雑談が好きではなく、お話好きの女性とは合わず、遠目で見ているだけで、仕事が出来ないと決めつけたようです。

彼の主張を聞いていると自分と合わない人に対しては、NOのレッテルを貼っているようです。
そうなると問題は彼自身の解釈にあります。

上司との関係にしてもわずか1回提案を拒否されだけで自分から壁を作っています。また、部下との関係にしても、お喋りは仕事が出来ないという自分の価値基準で、すべてを判断しています。
そして、自分から壁を作りそれを埋めることもなく、上司に相談することも出来ず、部下に依頼することも出来ず、すべてを自分でしなくてはならない状況を自身で作り出し、潰されかけ、強いストレスを感じているのです。

春鷹君と今回の問題について話しを深めたところ、彼は関西に来てから周囲に対して批判的になったようです。

まず、春鷹君の経歴ですが5年前に本社総務職として入社、その後は総務一筋です。
そして、今回の関西支社総務課への異動です。どうも、彼はこの異動について歓迎をしていないようです。
それは、彼として学生の頃より夢みたコ−スは、東京本社の出世頭として突っ走っていたく、関西に赴任したい気持ちはまったくなかったのでした。したがって彼にすると今回の異動は左遷と写るようです。

そして、関西に来たことにより本社勤務の同僚に対して遅れをとってしまい、自分自身のキャリアにも傷がついたと感じ、自分を否定的に見ると同時に周囲に対しても否定的になったようです。また、自身に対する怒りの気持ちも周囲に転化したようです。
そして、更に彼はずっと東京にいたので関西の人を軽くみる文化的偏見があることも分かりました。

では、ここでの彼の問題を整理しましょう。

本社勤務からはずれることが左遷となるのでしょうか。また、キャリアに傷がつくことにつながるのでしょうか。実際には彼の場合課長代理に昇格後の異動ですから、この事実をどう評価するかです。

何が何でも出世頭として突っ走らなければならないのでしょうか。彼は言います、出世頭イコ−ルNO.1でありたいと。でも、本当にNO.1でいなくてはならないのでしょうか。

関西と東京の人を比較して優劣をつけることが可能でしょうか。

上司からの1回の否定、お喋りな部下に対して、ダメのレッテルを貼る。そこから人間関係構築の失敗。これらの意味するものは何でしょうか。言うまでもなく彼の自分勝手な価値判断が原因です。

彼にこれら問題点を指摘してカウンセリングを継続しました。
1番目の左遷については彼自身も本音を言ってくれました。「昇格後の転勤だから本当は栄転なのだろう。だけど、この関西の風土は馴染めない」と。
「だから、東京にいたかった。でも、今回は栄転だから出世街道を進んでいる。でも、関西は・・・」

どうも彼は関西という地が気に入らないようです。しかし、これについてもカウンセリングを通して、関西を低く見ることは、根拠のない勝手な思い込みであることを理解してもらいました。

次に上司から否定されたことと、部下の女性がお喋りなことな対してNOと決めつけたことに対して話し合いました。

いろいろと彼と話して分かったことは、彼は小学生の頃から一貫した教育で、大学までエスカレ−タ−式に上がってきたので、あまりにも感性の違う人々とお付き合いには苦手意識を持っているのです。また、入社後もずっと総務職であり、営業職のように社外の人達と積極的なコミュニケ−ションを取ることは苦手なようです。

これは言葉を変えると、対人スキルの低さにつながります。また、自分から話しけることに対しても、話題がない、話しが続かない、結局中途半端に話しが終わって気まずい雰囲気になることを恐れて、自分からは話さないと決めているのでした。
この問題の根底には否定されることに敏感であるということがあるようです。

関西の女性の話すパワ−は凄まじい(土地にもよりますが)ものがあります。春鷹君は到底自分の話術では仲間にはなれないと自分から距離を置いたのです。また、上司との問題にしても提案を受け入れてもらえなかったことから、否定されたと感じ、これ以上否定されることを恐れて自ら線を引いたのでした。

そして、自分が否定されることから傷つくのを防ぐために、その反動として周囲に対して攻撃性を発揮、周囲に対してNOの評価を下し壁を作ったのでした。
自分が周囲から否定される前に、先に周囲を否定したのです。
しかし、その結果課内での人間関係を築くことに失敗、仕事量も増え、誰にも相談も出来ず、ストレスから生活リズミを乱し、酒量も増えたのです。

では、今後の彼に必要なことは何でしょうか。
言うまでもなく、周囲との人間関係の再構築です。まずは、自身から積極的に話すことも必要です。
それから、コミュニケ−ションとは自分が話すだけではなく、人の話しを聞くということも大切であるという認識も必要です。

人は話しを聞いてもらうことに対して受け入れてもらった、理解してもらった、認めてもらったと感じるものです。自分が話す以上に話しを聞くということは大切なのです。
また、当然のこと何でもすぐに否定されたと思い込む思考も改めなければなりません。

そして、何でもNO.1でなければならないという彼の信念についてですが、今回のカウンセリングでは触れることはしませんでした。
今後の人生では問題になるかもしれませんが、今回は昇格後の転勤であり、彼のNO.1でありたい信念の要望は満たしているからです。
今後の人生において、この信念が生き辛さの原因になることは十分考えられるのですが、敢えてふたを開けることはしませんでした。

カウンセラ−が先走って問題提議をしてしまうと、それはクライエントの方にとっては余計なお世話になることが多々あり、クライエントの方との信頼関係に影響することがあるのです。

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