『怒の炎』 怒りは身を滅ぼします 母との確執より
抑圧され続けた悲しみは、やがて怒りにかわり、その怒りは恨みや憎しみを伴います。
そして、その怒りのエネルギ-の対処方法によっては、その怒りのエネルギ-により、自らを破壊してしまうこともあるのです。
「怒の炎」に焼きつくされるのです。
久美さん(仮名)は28歳、最近子育てを通して自分自身の抑圧していた深い悲しみに気付きました。
久美さんは3歳の娘を育児書を読みながら懸命に育てています。
育児書には「子供を無条件に認めること」「ほめて育てることが大切」と書いてありました。
しかし、久美さんは娘に対して怒ることは容易に出来ても、ほめることにぎこちなさを感じていたのです。
なぜだろうと自問自答しているうちに、自分が母親にほめられたことがないことを思い出しました。そして結婚するまでの人生は常に母の気持ちを優先して、母の期待に沿うことを第一としてきたことを思い出したのです。
子供時より母の好みの服のみを着て、母がピアノを習えと言えばレッスンが楽しくないにもかかわらず習いに行き、母の期待する通り勉強をして、母の言う通りの大学に進学して、母が好みそうな男性と結婚をしました。
久美さんは子育てを通して結婚するまでの人生、常に本当の自分の気持ちを抑え続け、母のために生きてきたことに気がついたのでした。
そして、もう1つ気づいたこと。
久美さんには妹がいるのですが妹は母に反発して、自分を優先して生きています。
「なぜ、自分だけ母の言いなりだったのか」
「なぜ、自分だけ母のために我慢し続けなければならなかったのか」
「自分とは何だったのか」と。
自分の過去について悲しみを感じはじめ、そして自分を抑え続けて辛かった過去を振り返る都度、その悲しみは怒りへと変わっていき、その怒りは当然母へ向かったのです。
その後久美さんは母に対して自分の過去の気持ちを電話で強く伝えました。驚いた母は泣いて謝罪してくれたようです。
母の謝罪で久美さんの気持ちは一旦は落ち着きました。
そして、その1ヶ月後母から茨木県銘菓の饅頭が送られてきたのです。
この饅頭が久美さんと母との関係を決定的におかしくしたのでした。
饅頭のあんは白あんでした。これは母の好みです。しかし、久美さんは白あんが嫌いで、黒あんが好みなのでした。
久美さんは「また母は自分の好みを押し付け、私を無視した」と烈火の如く怒り、母に対して今までにない強い怒りを感じたのでした。
久美さんにとって以前の母の謝罪は口だけであり反省していない、結局母は何も分かっていない、自分の本当の気持ちを分かってくれていない、また押し付けられた、裏切られたと日々怒り続け、やがてその怒りに自己憐憫の気持ちが加わり、母を破壊したい恨みと憎しみの気持ちに変わっていったのです。
しかし破壊することは出来ないので、その代わり母との絶縁を宣言したのでした。
その後、久美さんの性格は大きく変わったようです。
まず激しい怒りです。
母に対する怒りがその根源ですが母とは絶縁宣言をしており、母へ直接怒りをぶつけることは難しい状態です。
したがって、まずは一番の身内である夫に怒りの矛先が向いたのでした。
今まで夫に対して家事等要求したことはありませんが、家事の要求から始まり、食事の仕方、寝姿等こと細かく要求しだしました。
まさに、「全てが自分の思うようにならないと気に入らない」といった感じです。
しかし、夫にしてみれば久美さんが自分勝手な要求をしているにしか思えず、久美さんの要求をことごとく無視、当然夫婦仲も悪くなります。
また、久美さんの「全てが自分の思うようにならないと気に入らない」という姿勢は、子育てにも影響します。
夫との関係の悪化、母に対する怒りを抱えたイライラから、ちょっとしたことで何度か子供に手を上げそうになったそうです。
手を上げそうになる衝動を抑えるのも大変努力が必要であり、自分を制御するストレスも大変なものです。
また、本来母に向けるべき激しい怒りは近所の主婦仲間にも及びます。Aさんの笑い方、Bさんの自分に対するヘラヘラした態度等、今まで気にもならなかったあらゆることが、自分に対する敵意と感じられ、主婦仲間を攻撃・破壊したい衝動に捉われるのでした。
いかがでしょう。
久美さんの豹変振りをどのように思われますか。
子育てから自分が自分の人生を歩んでこれなかった悲しみの気持ちと、母に対して抑圧していた怒りの気持ちを感じ始めました。一旦は母の謝罪で円満に解決したようですが、饅頭の一件から母に対して裏切られた気持ちと今までの以上の怒りを感じたのです。
この饅頭の件については過剰反応と思いますが、心理的には母に対して我慢し続けてきた感情が、もう限界に達しており饅頭のあんの種類に反応したのでしょう。
もう、これ以上自分勝手な好みを押し付けるな、いい加減にしろという強い怒りの気持ちです。
そして、本来母に直接怒りをぶつけた方が良かったかもしれないのですが絶縁を宣言。
怒りを溜め込んでしまったのです。
その抱え込んだ激しい怒りは自分の中で処理出来ず、また過去を振り返るたびに自分が不当に扱われていたことを思い出し、自分に対する哀れみと、その原因である母に対して恨みと憎しみの気持が高まり、抱え込んでいる怒りはさらにパワ-アップしたのです。
そしてパワ-アップされ抱え込めない怒りは夫に向いたのです。
今までずっと我慢し続け抑圧された怒りは、全てを自分の思う通りにしたい、自分の気に入るようにしたいという要求へと変わり始めました。客観的に判断すると「自分勝手」な要求を夫にし始めたのです。
しかし、自分勝手な要求は当然受け入れてもらえません。
要求を受け入れてもらえない久美さんは次のように思います。
「誰も自分の気持ちを分かってくれない」。
この気持ちは母が自分を受け入れてくれなかった悲しみでもあり、夫が自分の気持ち要求を受け入れてくれない悲しみでもあるのです。
そして、そこから「自分は誰にも分かってもらえない」という被害者意識をつくり、近所の主婦が自分に敵意を持っていると思い込み始めたのです。被害者意識は相手を悪者に仕立て、自分が持っている怒りの気持ち、憎しみの気持ちを、相手が自分に対してその気持ちを持っていると勝手な思い込みをつくったのでした。
その後久美さんは動けなくなってしまいました。
医者は鬱病と診断したようです。
母のために人生を失った悲しみと怒り、母に対する恨みと憎しみ、夫に対して受け止めてもらえない怒り、すべてを自分の気に入るように出来ない怒り、子供に対して制御している怒り、主婦仲間に対して表出出来ない怒りの衝動、誰にも理解されない悲しみ、またそこからくる怒り。
久美さんは自分が抱え込んでいる激しい怒りにのみ込まれてしまったのです。
激しい怒りは身を滅ぼします。
久美さんの回復のために必要なことは、自分の辛かった子供時の気持ちを受け入れ、母に対する怒りを手放すことでしょう。