憎しみと正義

納得出来ない、扱い、振る舞い(言語、態度等によるいじめ、差別的な態度)を、周囲の人、他者や社会から受けた時、人はどのような気持ちになるでしょうか?

(扱いとは、あまり良い表現ではないのですが、他に言葉が浮かばなかったので、扱いという言葉を使わせて頂きます)。

最初は、どうして、自分だけが、このような扱いを受けるのか?
どうして人は自分のいじめるのか?
自分の何に問題があるのだろうか?
どうして、自分だけと、自分自身に疑問を抱くと思います。
そして、同時になぜ自分がと、悲しみの気持ちも生じると思います。

そして、ますます、日々、酷い態度で、人から接しられ続けると、悲しみの感情は強くなっていくでしょう。

自分だけ、なぜ?
自分の存在が悪いのか、自分が生きていることが罪なのか?

悲しみの気持ちを抱きながら、さらに、自分を問いはじめるかもしれません。
しかし、その答えは、やがて、自分に問題があるのではなく、自分をいじめる、差別的な態度で接する、周囲の人間、他者、社会に問題があると、思いはじめることもあります。

その思いがやがては、周囲の人、他者、社会を、敵とみなしていくかもしれません。

自分に問題があるのではなく、理由も分からない、理不尽な扱いを受けるのは、他者や社会の問題であり、自分は被害者であると、こう考えるかもしれません。

悲しみは怒りに変わります。
怒りと同時に、憎しみの気持ちも芽生えるでしょう。

やがては、自分を苦しめる、加害者は叩き潰さなければならない、そうしないと、自分が潰される。
極端な思い込みを抱くかもしれません。

そして、この状態においては、言葉が変わり、間違っている他者、社会は正さなければならない。
これは正義だ。
正義は遂行されなければならない。

彼が周囲から受けた、差別的な扱いから生じた悲しみは、周囲に対する、社会に対する、怒りと憎しみに変わり、正義の名のもと、自分を害する、間違ってる周囲、社会に一撃を加え、自分が受け続けた傷、相応に見合う、打撃を与えようと考えるかもしれません。

正義を遂行する。

しかし、他者や社会に対する攻撃は、本当に正義なのでしょうか?

正義という名を借りた、報復ではないでしょうか?

さて、ここまで書いて、私が思うことです。

今の社会は、人に対する思いやり、共感が、年々、変わりつつあります。
これは、良い意味では書いているのではありません。

社会そのものが疲弊して、他者な対する寛容性が失われつつあるのかもしれません。
また、自分が生きるのに精一杯、しかし、努力しても、苦労しても、報われることは少なく、そのストレスから、誰かを攻撃したい、いじめたい、それにより、自分自身が社会から受けているストレスとの、心のバランスを取ろうとするのかもしれません。

そして、誰か特定の人をいじめ、差別的に接することによって、自分の心の問題、自身の不満を解消しよとするのかもしれません。
また、誰かを集団でいじめることが、集団の目的となり、つながり、連帯心強化にもつながることもあるでしょう。

でも、いじめられた側の人、差別的扱い、侮蔑的に態度で接し続けられた人は、いずれ、怒りと憎しみより、報復と復讐の気持ちが高まり、その気持ちの目的遂行を正義と称し、社会そのものに対して、打撃を与えるかもしれません。
(もちろん、その前に自分自身、絶望から自ら社会から消えてしまうかもしれませんが)。

私はこのような、ことが起こらない、平和な社会であって欲しいと思います。

1人、1人が思いやりを持って、共感して、親切な社会をつくりましょう等と書く気はありません。
⇒今更、時代の逆光は不可能です。

でも、人の各々の人権を尊重する社会であって欲しいと思います。
人権は1人1人が持っている権利です。
人権を踏みにじむ行為は、許されるものではないと考えます。

しかし、間違っても、悲しみから怒りと憎しみを糧に、正義をふりかざさないことです。
これは、報復、復讐です。
これを遂行すると、反社会的行為者として法の基、まさに、国家権力に基づく社会的正義の前に裁かれるでしょう。
末路は悲惨です。

他者からの卑劣、ひどい扱いを受け続けた、心の悲しみとダメージは計り知れず、立ち直ることさえ難しいかもしれません。

それでも、良識、良心を持ち生きている人も、まだまだ、たくさんおられると思います。

人なんか信用出来ないと言われるかもしれません。
そうかもしれませんが・・・。
でも、信用、信頼出来る人がいることは確かです。

悲しみの心を抱きながらも、人としての誠実さ、正直さえ失わない限り、きっと、波長の合う、理解してくれる、応援してくれる、誰かと出会えると私は信じます。

そのためには、自分自身が主体性を持ち、そのような人を、探す、動く、努力が必要となります。
動かずに考えてばかりいると、怒りと憎しみが脳内に溢れ、後戻り出来ない状態になってしまうかもしれません。

何か自分に対する異変を感じたら、すぐに、理解、応援してくれる誰か、組織を探しましょう。

心の傷はすぐには癒せないかもしれません。
でも、まっすぐな気持ちがあれば、良き人との縁を頂くことも出来ると思います。

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