許せない人を無理に許す必要はない
許せない人。
誰にでもいるのではないでしょうか。
許せない人。
それは、子供時から自分を尊重しなかった親かもしれません。
学校において、いじめを行った人達かもしれません。
職場において、嫌がらせをした先輩かもしれません。
何気ない一言で、心を傷つけた友人かもしれません。
いずれにせよ、自分の心を傷つけ、謝ることもなく、平然としている人達に対しては、激しい怒りや憎しみの感情を抱かれることでしょう。
そして。
許せない。
カウンセリングにおいては、許せない状況をつくった人達に対して、本当にあなたを傷つけるつもりで行ったのか、いじめられた以外に見方、見解はないのか、あなたの思い込みではないか等、問われる場もあるかもしれません。
確かに、自身の解釈を変えると、彼らの行為は自分のためを思っての行為であったと、考えることも出来るでしょう。
しかし、それでも、納得出来ない。
どう考えても、心を傷つけられた中核には、彼らの悪意を感じる。
そう感じられることもあるでしょう。
だから、「許せない」。
私にも、生涯許せない、許さない人は何人かいます。
私が、「許さない」と決めたからですが・・・。
さて、許せないない、それだけ、あなたのことを傷つけた人を、許す必要はあるのでしょうか?
何のために、許さなければいけないのでしょうか。
ある人は、「許すことが、あなたに幸せをもたらします」と伝えるかもしれません。
でも、私はそのようなことは思っていません。
許しても、許さなくても、どちらでもいいと思っています。
それに、そもそも、「許す」とは、どのようなことを指しているのでしょうか。
どのような心の状態が許すとなるのでしょうか。
私には分かりません。
確かに、自分を傷つけた人々に対して、いつまでも、怒り、憎しみ、嫌悪の感覚、感情を抱いていると、それが、あなたの幸せをブロックするかもしれません。
心の平穏を遮るかもしれません。
しかし、許せない人は、許さなくても良いと私は考えます。
無理に許すことは出来ないでしょう。
それに、「許す」とは、具体的にどのような状態を意味するのか。
漠然とし過ぎています。
無理に許す必要もなく、許す努力をする必要もありません。
許すことに無理に努力をするということは、その時の出来事、心情を反芻して思い返すことにつながりますので、逆に怒りが増し、許すことが難しくなる可能性があります。
ただ、忘れましょう。
そして、今に専念して、自分の成すべきことを懸命に行いましょう。
自分の成すことに専念して、自分の人生を開きましょう。
許せない人たちのことは忘れ、自分に専念し続ければ、そして、自分の人生が開けていけば、おのずと、許せない人達は忘却の彼方に消えるのではないでしょうか。
許せない人達を、無理に許す必要はありません。
不可能です。
その代わり、忘れましょう。