集団体制を維持目的とする為のいじめ 差別

私達人間、人は1人で生きていくことは大変難しいことです。
そして、多くの人が当然ですが、いずれかの国に属し、国民と称されています。
国には、国の指導者、指導部があり、その権力の座を守る為、また、国民の国政に対する不満から、目をそらせる為、さらには、国民の団結力を高める為、他国、他民族を悪者、差別扱い等行い、その邪悪な目的を達成しようとする傾向があります。

私の記憶に深い、民族差別は、ナチス・ドイツの反ユダヤ人政策です。
これは、政策の差別の域を通り越し、狂気ですが。

私達日本に関連することと言えば、いざとなると、反日でまとまろうとする、隣国のTとK。

国家集団、体制を維持する為に、悪者を必要として、国民の反感を煽り、差別、蔑視、敵視政策を打ち出すのです。

さて、大人のいじめ、差別にも、これら、連帯意識の強化の為、弱いと思う者をいじめ、差別の対象として、陰湿ないじめが行われていることは、周知の通りと思います。

悪口、陰口、ネットでのいじめる側同志のつながり。
生きること、働くことのストレス発散、いじめによる快感を味わう以外にも、弱者をいじめる、差別することにより、自分達の団結力を強化、もしくは、いじめ行為そのものの、正当化を図っているのかもしれません。

また、組織内において力のある、傲慢で残忍性の高い者が、手下となる者を集め、弱者をいじめて喜ぶ、人の恐ろしさ、狂気を垣間見ることも出来ます。

大人がこれでは、子供に学校でのいじめをなくせ等、言えないでしょう。
子供は大人を見本として成長するものです。

さて、以下の文章は、学校でのいじめについて、私なりの私見を書かせて頂きます。

1 いじめはなくならない
2 無目的集団 学校の恐怖
3 スクールカースト
4 いじめをなくすため 先生方の仕事のワーク・バランスを変えること
5 いじめた側の心の問題 カウンセリング 心のケア

1 いじめはなくならない

絶望的な言葉で申し訳ありません。
しかし、現実を見ると、いじめは加速化している感覚を受けます。
また、いじめとは本質的には無関係なのでしょうが、親の子供に対する虐待も増加しています。

人間性の歪みが、加速化して生じているのです。
(そこには、疲弊した日本経済、心と時間の余裕のなさも一因でしょうが)。

子供の見本となる、大人のいじめ。
これも、増加傾向。

私は、スマホを敵視しているような文章をいつも書いて申し訳ないのですが、テクノロジーの進化は、人の質を変えてしまう気がするのです。

本来は、学習により、思いやり、優しさを学んだ知性も、匿名で人を攻撃、傷つけるツールを手にしたとたん、傲慢と残忍性の、人の本質を発揮する一部の方もおられるでしょう。

子供も人間。
その本質には、傲慢、残忍性の代々受け継がれてきた人間特有の、攻撃性、自己中心性があり、弱者をいじめる、心を傷つける、差別的行為を行っても不思議ではありません。

しかし、昔と違って、いじめの現象に対して、歯止めが効かない現状を招いている気がしてならないのです。

おそらく、地域全体で子供を育てる、この感覚が失われていることが、1つの要因とも思われますが。
行き過ぎた、個人主義は、他者の介入を許さない。
または、他者(近隣住民)に対して、無関心。
そこには、経済疲労を生き抜く、人々の心の余裕のなさも、関係しているでしょう。

2 無目的集団 学校の恐怖

子供は義務教育の名のもと、訳も分からず、強制的に学校に連行されます。
(もちろん、義務教育は教育を受ける権利とも言えるでしょう)。
私は、嫌々な気持ちを抑圧して、通学していました。
通学しないと、怒られる。

さて、義務で招集された学校、勝手にクラス割りをされた組織。

ここで、どのような、人間関係が構築されるのでしょうか。

友だちづくり、連帯感の強化、人の気持ちに配慮する能力、共感力、協調性の獲得等、様々な、人として大切な事を学べる期間でもあります。

しかし、これらのことを、学校に通っている間、意識をして通学している子供達の割合はどれほどでしょうか。

クラスを勝手に分けられて、やりたくもない学習を押し付けられる。
学校に行く、目的とは何か?
悩んでいる子供達も多いのではないでしょうか。
(いずれは、年齢も上がるにつれ、学内での目標、部活活動等の楽しさも味わい、夢も出現、学校に行く意味を見出される学生も、増えてはいくのでしょうが)。

そして、学校に通う無意味さに、意味をもたせるため、いじめが生まれることも、想像出来ます。
意味のない通学、学校、勝手に割り当てられたクラスに通う目的が、いじめ、だとしたら、恐ろしいことです。

これも、私の考えに過ぎないかもしれません。
しかし、実際にこの事を、発していた子供のインタビューを映像で見ました。

そして、いじめとは、後述する、スクールカーストとも、大きく関係しています。

3 スクールカースト

スクールカースト。
クラス内に、上位層、中間層、下位層が存在して、クラスの体制を維持しています。

2:6:2の法則でいくと、上位層2割、中間層6割、下位層2割となります。
ピラミッド型の構成比率ではないようです。

上位層とは、何らかに秀でた者達。
ルックス、成績、おもしろさ、自己主張等。
クラスをリード出来る、または、一目置かれている生徒たちのことでしょう。

中間層は、上位層にくっついていく、波風立てない存在。

そして、下位層は何らかの理由で、いじめられる存在となるのです。

この、スクールカーストは無目的に集められた、学校、学級、クラス体制の維持に役立っていると考えられます。

冒頭に書きました、他民族を差別的、または、敵視することにより、自国の国民意識の意識をまとめる事に通じることがあるように感じます。

また。スクールカーストにおいては、多くの中間層に属する生徒のメリットがあります。
邪魔くさい、学校行事等のリーダー役等を、上位層に任せ、主体性を発揮することなく、くっついていけば楽という意識もあるのはないでしょうか。

そして、何よりも、上位層と同じように、心ならずも、下位層をいじめる事により、無難に学校生活を過ごすことが出来るメリット。

しかし、スクールカーストにおける、下位層、いじめられ、無視され、時には暴力さえ振るわれる、彼らの人としての尊さを、皆、どう考えているのでしょうか。

以前、NHK、「いじめをノックアウト」を見ていたのですが、いじめ、及び、スクールカーストは、なくすことが出来ると学者、識者は全員唱えていましたが、学生側は全員が不可能と主張していました。

いじめをなくす方法として、滑稽な机上の空論として、2:6:2の法則より、大多数を占める中間層(いわゆる傍観者)が、いじめをストップと、声を上げれば良いという主張があるのですが。

「あなたがもし、この時代の中間層の1人であったとしたら、その声を1番に上げる勇気を、あなたはお持ちですか」と、私はお伺いしたいところです。

声を上げたとたん、下位層に転落、いじめられる側になってしまう可能性が大なのです。
人は大人、子供に関わらず、自己の保身を考えるものです。
これは、利己主義かもしれませんが、生存本能も大きく影響しているでしょう。

いじめ、スクールカーストをなくすことは、相当難しいと、私は認識しています。

4 いじめをなくすため 先生方の仕事のワーク・バランスを変えること

学校、学級、クラスの本当のリーダーは誰でしょうか?
スクールカーストにおける、上位層でしょうか?

いいえ。
私は、先生、教師の方々と考えています。

いかに、生徒が主体的な考え、行動する教育改革、アクティブ・ラーニングがスタートしようが、相手はまだ子供です。

やはり、大人が補い、指導する必要があるでしょう。

さて、学校教育の本質とは何でしょうか?

私は、「人が人を育てる場である」と考えています。

それは、先生と生徒、または、生徒間同志でもあるでしょう。

でも、やはり、リーダーは先生、教師と思います。
但し、生徒の主体性を重んじる限り、先生は影のリーダーのようなもの。
決して前面に出ることなく、大人の経験と知見を、その時々にアドバイス、導く役割です。

そして、生徒、1人、1人と向き合い、悩み等を聞き、その解決に全力を上げて臨む。
生徒を1人の人として、育てていく。

それが、今の先生方の業務量からすると、どうも難しいようです。
休み時間も数分しかなく、様々な業務に追われ、時間外も多過ぎる現実があります。

先生、教師の方のストレス増、そして、心と時間の余裕がないのではないでしょうか。

心理カウンセラーにせよ、誰にせよ、自分の心の余裕、時間の余裕のない時に、人の悩みに寄り添うことが出来るでしょうか?

まずは、先生、教師の方の業務量をいかにするか?

さて、私は思うのですが、学校の先生、教師を職として志望した理由には、人を育てたい、生徒と共に歩みたい等、子供に対する思いが、大きな志望理由ではないかと思います。

先生、教師の方も、志望理由、その思いと、現実の自身の在り様に、ジレンマを抱えておられるのではないでしょうか。

先生、教師の方に、心と時間の余裕がうまれない限り、生徒と向き合う事は難しくなってしまうはずです。

生徒、1人、1人の悩みに寄り添い、先生も今まで以上に、いじめ、スクールカーストの問題に取り組む。
私はこれが、本筋であると考えます。

5 いじめた側の心の問題 カウンセリング 心のケア

テレビ放映にて、いじめを受けた子が言っていました。

「なぜ、いじめられた私がカウンセリングを受けなければならないのか、いじめる子が、カウンセリングを受けた方が良い」。

納得出来る、お言葉です。

いじめを行う子供は、その家庭に根深い問題があると、心理カウンセラーである私は感覚的に認識します。

どれだけ、人が根本的に攻撃的、残忍性(仮に遺伝子レベル)を持とうが、心暖かい家庭があれば、思いやり、優しさ、その知性の学習により、歓迎されない遺伝子の力は、発揮されないものだと考えています。
(犯罪心理学者は、一卵性双生児の研究より、環境ではなく、遺伝の強さだと主張されるかもしれませんが)。

いじめる子供を放っておくと、将来、犯罪に加担することにもなりかねません。

いじめる子供、なぜ、他の子供をいじめるのか。
その動機。
そこから、何を得ているのか。

様々な話しを聴き、心の問題を解決、さらには、家庭そのもの、可能であれば家族カウンセリングを行い、新しい、自分創りへ導くカウンセリングを受けることも、必要ではないでしょうか。

私には能力的、経験値より出来ないカウンセリングですが、ご専門のカウンセラーもおられるでしょう。

いじめられた子、いじめた子、共に心のケア、心の問題の解決は、必要ではないかと思います。

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