現実認識力を高める
私の今の課題は、現実認識力を高めることです。
現実認識力とは、簡単に書くとも「それは、本当にそうなのか」という、常に疑問意識を持ち、問題やリスクはないかを考える、なぜなぜ論のようなものです。
例えば、テレビ等において誰か(専門家)の説を聞いた時、本当にそうなのかという疑問意識を持ち、話しを聞きます。
そして、自分の中で、その説に対して反論しながら、納得出来ない点を明確にしていきます。
これによって、語られた説をいったんは、崩壊させようとするのですが、それでも、自分の中で別の視点、別の説が創れない、反論しきれないとなると、その説は自分にとって、納得の出来る説であると、支持することになるのです。
誰かの説を聞く時は、いったんその説に疑問意識を持ち、徹底的に自分の中で反論、破壊して、自分の中で再構築出来ると、自分の見解が出来たり、その説を支持する信頼が深まります。
⇒大切なことは、鵜呑みしないことです。
(しかし、すべてのことに精通しているわけではありませんので、専門家の説を鵜呑みにする場合も多々あることも事実です)。
また現実認識力で、私が高めたいこと。
それは言葉の曖昧性を出来るだけ、明確にしていきたいことです。
この世には、当たり前のように通っている概念、考え方、言葉が多々存在しています。
そして、その言葉は強く、それに従うことが当然となり、私たちの人生、行動の選択肢を狭めることにもつながっています。
また、それらの言葉を振りかざし、自己の力を誇示、維持される方もおられます。
当たり前のように言われ、多くの人が従ってはいるが、その言葉の真意は何か、本当にそうなのか?
あまりにも一般化されすぎ、当たり前の言葉でも、疑問意識を持ち考えると、納得できない言葉はたくさんあるよう思います。
私の脳もすべてに対して疑問を持つことは出来ないでしょうが、それでも、曖昧ではあるが強い言葉に対しては、反論、分析を行い、その言葉の妥当性を考え、納得出来るものかは、自分の中で検証していきたい。
曖昧性を排除することは、曖昧性の背後に隠れている、現実を見ることにもつながると考えています。
また心理カウンセリングにおいても、曖昧であるが、強い言葉、価値観に一方的に従い、それが人生の生き辛さの原因となっている方にとっては、言葉の曖昧性を排除することは、視野、思考を広げる意味においては、重要な行為であると考えています。
曖昧性が高く、根拠の低い言葉、価値観に従うことなく、自分なりの考え方、価値観を持ち、生きることは大切です。